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ポルノ断ち

2026/1/13


僕はポルノを見て射精した後、耐え難い虚無感にたびたび襲われていた。あるいは疲労感。後悔。ひどいときには、希死念慮。

実際の性行為でも問題があった。

20代で健康体なのに、うまく勃起しない。不安になってバイアグラを使った。そして、行為が終わった後には、パートナーへの親密さではなく、虚無感が残った。

何かがおかしい、何かを変えたい、と思って、「オナ禁」に挑戦しては失敗した。

そのうちに問題は僕の自制心ではなく、オナ禁というアプローチ自体にあるのではないか、と思うようになった。

そして、たまたま「ポルノ断ち」という方法を理解した。以前から名前は知っていたけれど、オナ禁とどう違うのかよく分かっていなかった。

ポルノ断ちは、簡単にいうと、自慰行為を禁じるのではなく、ポルノを見ること、そして頭の中で性的なイメージを思い浮かべることを断つ、という方法だ。

とりあえず試してみよう、という気持ちで始めた。2026年1月13日現在でちょうど50日間続いた。

今の状態にはかなり満足していて、ポルノのある生活にはもう一生戻らないのではないかと思う

同じような状態にいて、何かを変えたいと思っている人に向けて、これを書きました。

必ず役に立つと思うので、ぜひ読んでみてください。


なぜポルノ断ちをするのか?

「賢者モード」は当たり前の現象なのか

「賢者モード」という言葉がある。射精後に性欲が急激に消え失せ、虚無感や倦怠感に襲われる、あの状態のことだ。多くの男性がこの状態を経験していると思うし、僕自身もそうだ。

でも、これは「普通」のこと、性行為や自慰行為の後には当然やってくるものなのだろうか。

というのも、もしセックスの後に毎回、虚無感や後悔に襲われるのが自然な状態なら、人間がつがいを作り、親密な関係を維持し、子供を育てるという営みは、かなり不自然なことになってしまわないか。 むしろ、セックスの後には、パートナーとの親密さが深まるようにできているのではないか。

なら、なぜそうならないのか。なぜ「賢者モード」がやってくるのか?

ポルノ依存と賢者モードの関係——仮説

その答えがポルノ依存にあるのではないかと思う。以下は僕の仮説的な考察だ。

ポルノを日常的に見る僕たちの脳は「これからものすごい快楽が来るぞ!」という異常に高い期待値を設定することに慣れてしまっている

ドーパミンは快楽そのものではなく、この「もうすぐ来る」という期待を司る物質だから、実際に快楽を得る前から、予告編だけで脳は興奮し続けることになる。 セックスの前が一番楽しい、服を脱がせるまでが一番興奮する、という感覚があるなら、それがまさにこの状態だ。

一方で、現実のセックスにおける肌の触れ合いや温もりは、素晴らしいものだが、ポルノの「無限の可能性」に比べると、刺激の強さはマイルドだ。

その結果、脳は「期待していたほどの衝撃が来ないじゃないか!」と**失望判定(報酬予測誤差)**を下す。この「もっと!」というドーパミンの不満の声が強烈すぎるため、本来、生身の接触からじわじわ出ているはずの「あぁ、気持ちいいな」という微細なエンドルフィンやオキシトシンの感覚を無視(ノイズ扱い)してしまう。

あるいは、ポルノ依存の脳は、「触覚入力」のゲートが閉じてしまっている可能性もある。

本来セックスでは、「視覚(開始)」から「触覚(継続)」へ入力ソースが切り替わるべきだ。

古代人だって、「魅力的な異性を見つけた!あいつを手に入れたい!」となるときは、視覚誘発的に報酬系が発火しているはずだが、実際の行為が始まって肌が触れ合えば、視覚刺激よりも触覚刺激が優位になるはずだ。

でもポルノに触れ合いはない。あるのは視覚だけだ。

だからポルノ依存的な脳では、行為中もずっと「視覚的イメージ(脳内ポルノ)」を探し続ける。脳の大部分が「視覚処理」に集中して、「皮膚からの信号」が正しく処理されず、オキシトシンがうまく作られない。

この状態で射精に至ると、ドーパミンは異常に高い状態から強制停止される。

いわゆるドーパミン・クラッシュ。そして、ドーパミンがなくなったあと、そこには何も残らない。

本来ならオキシトシンという分厚いクッションに包まれ、「もう何も求めなくていい」「ここにいるだけでいい」となるはずなのに。

だから、もし事後に「虚しさ」や「嫌悪感」を感じるとしたら、それはパートナーへの思いが不足しているからではなく、「おい! あれだけ期待させたのに(ドーパミン)、結局手元には何もないじゃないか!(オキシトシン不足)。騙された! 寂しい! 辛い!」と脳が叫んでいるからではないだろうか。

僕たちは適切でないやりかたで性行為を行ってしまっているのではないか。

ポルノ断ちが目指すもの

もしこの仮説が正しいなら、やるべきことは、過剰なドーパミンの声を抑え、うまく聞き取れなくなったオキシトシン/エンドルフィン回路を復活させることだ。

そして、それこそがポルノ断ちの目標だ。

ポルノによる脳の変化は不可逆的なものではないから、ポルノを十分な時間絶てば、脳のバランスは復活する。

ドーパミン駆動の、刺激を追い求めるサイクルから抜け出し、もっと穏やかで持続的な満足を得られる状態へと移行すること。

その状態で行うセックスあるいは自慰行為はどういうものか?僕たちの体に何が起き、何を感じ、何を思うのだろうか?

この変容は仮説、可能性にすぎない。僕自身、それを体験したわけでもない。でも、それは追い求める価値がある体験のように思うし、知りたいという気持ちがある。


ポルノ断ちとは何か?

そもそもポルノ断ちとは何か?それは文字通り「ポルノを断つ」ことだ。

単に性的な動画や画像を見ないというだけではない。

頭の中でポルノ的なイメージを想像することも含めて、すべてを断つ

「オナ禁」との違い

オナ禁は自慰行為そのものを禁止する。一方、ポルノ断ちは自慰行為を禁止していない。 禁止しているのは、ポルノを見ること、そしてポルノ的なイメージを頭に思い浮かべることだけだ。だから、ポルノ断ちをしている人が自慰行為をすることはあり得る。

ただし実際には、ポルノ断ちを始めると、少なくとも初期の段階では自慰行為もできなくなる。なぜなら、多くの人にとって自慰行為(あるいはそれ以前に勃起)はポルノ的なイメージと強く結びついていて、イメージなしの自慰行為や勃起は、その結びつきが解除されるまで不可能だからだ。僕自身も、この50日間、自慰行為や射精をしていない。

逆のケースも考えてみよう。「オナ禁」をしている人は、ポルノを見る、あるいは頭の中で性的なイメージを想像することは、自慰行為に及ばない限り許されている。これはオナ禁ではあっても、ポルノ断ちではない。

このように、オナ禁とポルノ断ちは重なる部分もあるが、本質的には別のアプローチだ。

なぜ「想像」も禁止するのか

ここがポルノ断ちの核心だ。

僕たちの脳は、実際にポルノを見ているときと、頭の中でポルノ的なイメージを想像しているときで、ほぼ同じ反応を示す。

どちらの場合も、脳の報酬系が活性化し、ドーパミンが放出される。胸がざわざわして、心拍数が上がり、勃起する。物理的な刺激がなくても、イメージだけでこれが起きる。

だから、たとえポルノ動画を見なくても、頭の中でイメージを再生していれば、脳は同じように報酬を受け取り続ける。依存のサイクルは断ち切れない。

禁止の対象は映像的なイメージだけではない。官能小説を読んで興奮する、過去の性的な体験を思い出して浸る、街で見かけた人との性行為を想像する——こうしたことも、脳にとっては同じだ。

ポルノ断ちとは、脳が性的なイメージから報酬を得るプロセスそのものを断つこと。 それによって、脳の状態を根本から変えていくことを目指しているのだ。


ポルノ断ちの戦略

ポルノ断ちが何を目指すものなのか、そして何を断つべきなのかについて述べてきた。

では、実際にどうやって50日間を達成したのか。ここからは、僕が実践した具体的な戦略と、その過程で学んだことを共有したい。

「衝動」と「発作」の違い

戦略を述べる前に、この文章で使う「衝動」と「発作」という言葉を整理しておきたい。

**「衝動」**とは、「性的なイメージ」そのものや、それに伴う「ポルノ」や「自慰行為」への欲求を指す。一過性で、気にしなければ勝手に無くなっていくことも多い。

**「発作」**とは、その衝動が連続的に、強烈に襲ってくる状態——脳の状態の変容——を指す。発作中は、性的なイメージが次々と浮かび、それを消すことが難しくなる。世界の見え方が変わる、と言っても大げさではない。

つまり、「発作中に衝動が繰り返し起こる」という関係性がある。発作は器、衝動はその中身、というイメージだ。

単発の衝動が起きるのは避けられない

そもそも全く性的なことを考えないようにするのは不可能だ。

2011年のオハイオ州立大学の研究(“Sex on the Brain?: An Examination of Frequency of Sexual Cognitions as a Function of Gender, Erotophilia, and Social Desirability”)では、18歳から25歳の大学生163名(男性74名、女性89名)に、1週間にわたって性的なことを考えるたびに数取器(カウンター)でリアルタイムに記録してもらった。

結果は、男性は1日平均19回、女性は1日平均10回、性的なことを考えていた。つまり、起きている時間を16時間とすると、男性は約50分に1回、女性は約1時間半に1回、性的な思考が浮かんでいる計算になる。これは意図して考えているわけではなく、勝手に頭に浮かんでくるものだ。

結局重要なのは脳の状態だ。 性的なイメージを見て、ドーパミンが出て(あるいは関連したなんらかの変化が起きて)、それによって、脳がポルノの影響を受ける。

だから、不意に性的なイメージが湧いた時には、それに対して何も思考せず何も判断せずただ受け流せばいい。大抵の場合は、特にそれについて考えようとしないか、別のことを考えるか、あるいは呼吸法で落ち着かせることでそのイメージは消えていく。

また、衝動は代償行為として現れることがある、という理解も有効だと思う。

衝動を感じたときに、自分がストレスや疲労を抱えていないか、それを否定して紛らわせるために衝動らしきものを感じているだけではないか、を考えよう。もしそうならやるべきは、ネガティブな状態を否定してしまっていた自分を認め、素直に休むことだ。

このような、単発のイメージや欲求をここでは衝動と呼ぶ。衝動を完全に無くすことは困難だが、ポルノ断ちを続けることで、頻度が減ったり、消し去る・受け流すのが容易になっていくように感じた。

発作とはどういうものか——32日目の体験

では、発作とはどのようなものか?

僕が発作という言葉で何を意味しているのかを示すために、今回ポルノ断ちを行ってから、32日目に起こった発作について述べようと思う。

朝、会社の食堂で朝食を食べているときに、発作は突然やってきた。

不意に性的なイメージが頭に浮かぶ。衝動だと思って、それを受け流しても、次々に性的なイメージが浮かんできてうまく消すことができない。

そして、普段なら性的なイメージは単なるイメージとして現れ、脳を刺激する前に消せることがほとんどなのに、この時は、性的なイメージは現れた瞬間から、僕を無条件に性的興奮に誘った

これを例えるなら、こういう感じだ。普段我々は、様々な思考の間を自分の意思で自由に移動できる比較的平坦な地形にいる。

ところが発作中は、「ポルノ思考」という深い穴が出現する。

懸命に努力すれば穴から這い出して別のことを考えたり、何も考えずにいられるけれど、周囲の地形は不安定で、すぐにまた穴に引きづり込まれてしまう。

何をしていても、油断をすると、すぐにポルノ的思考、そしてそれによるドーパミン回路の作動が起きてしまう。胸がざわざわして、心拍数が上がる。

「発作が来てしまったなー、まいったなー」と思いながら、ご飯を食べ終え、どうしようかと、食堂から職場に戻る廊下を歩いていると、すれ違う女性を見るたびに、その人との性行為を想像してしまう。

そのイメージは受け流す余裕もなく、僕をぐにゃぐにゃと刺激する。バカバカしいと自分でも思う。でも、発作の中では実際にそうなってしまうのだ。

このように発作は単発の性的なイメージが現れることではなく、脳の状態の変容だと考えている。

そして、発作はある意味魅力的だ。今まで自分を興奮させてきたイメージが暇もなく現れ、刺激する。「今すぐシコりたい!」その欲望に従ってしまいたくなる。だから、発作は起こさないことが重要なのだ。

発作を起こさないために

これが最も重要なポイントだ。ポルノ断ちの成功は、発作を「我慢する力」ではなく、発作を「起こさない仕組み」にかかっている。

僕たちは我慢大会をしているわけではない。発作が頻繁に起きる状態で、それを何度も耐え凌ぐというのは、現実的に不可能だ。意志の力には限界がある。

そして、もし本当に変化を望むなら、ポルノ断ちは50日間で終わるものではない。これからもずっと続けていくものだ。しかし、毎日のように我慢を強いられる状態では、長く続けることはできない。

だからこそ、発作をそもそも起こさないようにすることが一番大事なのだ。

そこで、発作を起こさないための仕組みをいくつか述べたい。

過去の失敗から学んだこと

僕自身、以前からポルノ依存の特徴に当てはまる部分が多いことを自覚していたので、このポルノ断ちを実行する以前も、「オナ禁」にトライすることが何度もあった。そして、その度に失敗した。

発作が何度もくると、我慢できずにポルノを見て(あるいは性的なイメージを頭に思い描いて)自慰行為をしてしまうのだった。長くても1ヶ月も続かなかった。

以前の「オナ禁」の失敗の典型的なパターンはこうだ。

  1. 「オナ禁」をはじめて2、3日ほどで発作が生じる。始めたばかりでやる気があるし、発作が生じるのはネットなどで調べて分かっているので我慢できる。
  2. それを乗り越えると、フラットな時期に入る。つまり性欲を感じなくなる。勃起もなくなる。
  3. 勃起がないことに不安を感じ、あるいは単に退屈になって「自慰行為をしなければいいや」と思って、ポルノだけ見る。 勃起する。性欲も感じる。安心する。自慰行為はしない。
  4. 一度ポルノを見ると、その後また、発作が現れるようになる。我慢できずにポルノだけ見る。自慰行為はしない。
  5. 発作に何度も襲われるうちに耐えきれなくなり、あるいはポルノを見るのが習慣化して、ふいに自慰行為をしてしまう。失敗。

失敗の原因は明らかに3にある。 ポルノを見ることで、脳をドーパミン報酬系に晒している。それによって、自慰行為や射精をしなくても、発作が起こりやすい状態を作ってしまっている。発作が何度も起これば、いずれ耐えられない。

だから、何よりもポルノを見ないこと、そしてイメージもしないことだ。

フラット期の不安にどう対処するか

フラットな時期に入ると、自分の性的能力が永遠に失われたのではないかという不安を感じる。そして、能力を確かめたくなる。

しかし、その不安は不要だ。朝立ちがあれば、勃起の能力は保たれている。脳が刺激のない状態に慣れるまでは、ポルノ的イメージに依存した勃起がなくなるのは当然のことだ。

僕たちはポルノ的イメージによって勃起する状態に慣れきってしまっている。しかし本来、勃起にはイメージとは無関係の、身体刺激によって誘発されるものがある。ポルノ断ちは、脳依存の勃起から身体刺激誘発の勃起への切り替えを目指すプロセスでもある。

ドーパミン回路全体を意識する

重要なのは脳の状態を変えることなのだから、ポルノを見ないだけでは不十分ではないかと思った。ポルノを断っても、他のことでドーパミン駆動の回路をぐるぐる回し続けていたら、意味がない。

たとえば、スマホを延々とスクロールする。SNSやYouTubeのショート動画を次々と見続ける。あるいは、代償的に過食に走る。これらはすべて、脳の報酬系を刺激し続ける行為だ。ポルノをやめても、こうした行為で脳を刺激し続けていれば、根本的な変化は起きにくいのではないか。

そう考えて、スマホの使い方も意識的に変えるようにした。食事中はスマホを触らない。目的なくスクロールする時間を減らす。

ただ正直に言えば、これについてはそこまで厳密に守れていない。以前よりは減ったけれども、ただスマホを目的なくいじっている時間は、1日に平均して1時間くらいはあると思う。

環境を整える

発作を起こさないためには、環境を整えることも重要だ。

まずは疲労やストレスを溜め込まないこと

これは僕自身の経験・実感なのだけれど、僕はストレスや疲労を感じたとき、それを認めたくなくて、ポルノと性欲で覆い隠そうとする傾向があった。

「疲れている」「辛い」という感覚を直視する代わりに、ポルノという強い刺激で上書きしてしまう。

しかし、射精するとその覆いは剥がれ落ちる。すると、隠していたはずの疲労やストレスに、否応なく向き合わされる。その結果としての虚無感であり、疲労感、ひどい時には希死念慮が生まれる。

だから、そもそもストレスや疲労を溜め込まないこと。過度な負荷を避けること。十分に休むこと。身体の声を聞くこと。これを意識した。

そして、孤独な時間を作りすぎないこと。仕事、趣味、運動、人との交流——何でもいいから、適度に予定を入れるようにした。

発作が起きたときの対処法

それでも、発作は起きてしまう。ポルノ断ちをする上で、全く発作を起こさないことは不可能だと思う。

発作をやり過ごすためのコツを述べよう。

まず意識すべき最も重要なことは、発作は必ずおさまるということだ。

僕の場合、経験的には、発作は最長でも2時間程度で徐々におさまっていく

だから、発作中にどんな状態にあっても、その我慢が、その苦しさがずっと続くことはないと考える。何を感じていても、着実に状況は良くなっていくのだ。

また、発作中は以下のことを心がけている。

  • 部屋で一人でいることを避ける。「シコれる」環境にいると、我慢するのが難しい。僕は外に出て歩くようにした。
  • 別のことに気を向ける。 仕事でも、ゲームでも、何か動画をみるのでも、なんでもいい。イメージを意識しないようにすることが大事だと思う。
  • 自分を俯瞰で観察する。 これは僕にとって特に有効だった。ポルノ断ちは、ある意味で自分を対象にした人体実験だ。だから僕は被験者であると同時に、観察者でもある。発作が起きたとき、「うわ、今まさに発作が起きているな」「心拍数が上がっている」「性的なイメージが次々と浮かんできて、それに引き込まれそうになっている」——こんなふうに、自分の状態変化を第三者的に眺めるようにする。そうすることで、性的なイメージと自分が一体化してしまうのを防げる。イメージに飲み込まれるのではなく、「イメージに飲み込まれそうになっている自分」を観察する。この視点の切り替えが、発作をやり過ごす上で大きな助けになった。

他には、冷水に顔をつけて、副交感神経を刺激することが有効だということも見たが、僕は試したことがない。

これらのことをしていても、発作中は性的なイメージが心と体を支配するのを完全に避けることはできない。

しかし、何度もいうようにその状態は必ず過ぎ去る。

発作中には「シコってしまいたい。我慢する必要なんてないんだから」と思っても、数時間後には必ず、発作を受け流せて良かった、と心から思う自分がいるはずだ。

発作という現象が起きることを理解し、過ぎ去ることを理解し、発作中の脳変容に屈しないこと。

ポルノ断ちの間、どうしても起きてしまう数回の発作をこのようにして、やり過ごしてほしい。

一番重要なこと

そして最後に、一番重要なのは、発作を起こさない状態を作ることだ、ということをしつこく強調しておく。

発作が毎日のように頻繁に起きる状態で、それを我慢し続けるというの不可能だ。僕たちは我慢をしたいわけではない。

発作は最終的にはほとんど起こらないようになる、一過性のもののはずだ。

もしポルノ断ちをしていて、毎日のように発作を経験するなら、何かが間違っていると考えなくてはいけないと思う。

僕たちは永続的な変化を望んでいるわけだから、発作を起こさないような体づくり、環境づくりを心がけよう。

記録をつけること

ポルノ断ちを継続する上で、日々の記録をつけることも重要だと感じている。

記録する内容は何でもいい。今日は衝動が何回あったか、それをどれくらい容易に受け流せたか。発作が起きたなら、そのとき自分がどういう状態になって、何を考え、何を感じたか。身体の変化——朝立ちの有無、ペニスの感度の変化など。

記録が溜まってくると、いくつかのメリットがある。

まず、自分が変わっていっていることが目に見える形でわかる。「1週目は毎日のように衝動があったけど、3週目には2日に1回になった」といった変化が記録に残っていれば、それ自体がモチベーションになる。

また、やめることが惜しくなる。積み重ねてきた記録を見ると、「ここでリセットするのはもったいない」という気持ちが自然と湧いてくる。

さらに、発作のパターンが見えてくる。「疲れているときに発作が起きやすい」「SNSをダラダラ見た日の翌日に衝動が増える」といった傾向がわかれば、事前に対策を打てるようになる。

そして、俯瞰的な視点を維持しやすくなる。記録をつけるという行為自体が、自分を観察者の立場に置くことになる。「今日の自分はどうだったか」と振り返る習慣が、発作中に自分を客観視する力にもつながっていく。

記録の形式は自由だ。ノートでも、スマホのメモでも、スプレッドシートでも。大事なのは続けられる形で、自分の変化を追跡することだ。


最初の50日間の経過

ここまで、ポルノ断ちの動機、方法、戦略について述べてきた。

では、実際の50日間はどうだったのか。

以下では、僕自身の体験——発作がいつ起きたのか、どんな変化を感じたのか、そして何を考えたのか——を記録する。

理論や戦略だけでなく、実際にやってみた人間のリアルな経過として、参考にしてもらえればと思う。

発作と衝動の頻度

50日間で発作が起きたのは2、3回だった。

発作が起きたことを確実に覚えているのは5日目と32日目(先ほど書いた大きな発作があった日)。

そのほかにポルノ断ちをはじめた直後に1回あったかもしれないが、これは過去の「オナ禁」でも慣れたことだったので、はっきり覚えていない。少なくとも7日目以降で、強い発作が起きたのは32日目だけだった。

もちろん、単発の衝動自体はもっと無数に起こった。でもそれらは慣れてくると、簡単に受け流せることがわかったし、日数が経てば経つほど強度や頻度は基本的には下がっていった

ただし、衝動が起きやすくなる状況はある。X(twitter)でネタツイートなどをダラダラ見ていると、リプライに性的な広告が貼られていたりして、それを目にしてしまうと衝動が起きやすくなった。

また、別の記事を書くためにマンガ『ジャガーン』を読み直していたら、性的なシーンがかなり含まれていて、それを見た後は数日間、同じように衝動が起きやすくなった。

これはポルノ断ち中のデメリットの一つだ。性的なシーンが含まれる作品を見るのを躊躇してしまうし、見ると「うわー、発作が起きるようになったらどうしよう」と思って純粋に楽しめなくなってしまう。

ただ、これは僕の性的なイメージに対する感度がまだ高すぎることが原因だと思う。性的なイメージを多少見ても、それはそれとして受け流せる脳構造に今後もっとなっていけば、大丈夫なのではないかと思う。これはやってみないと分からないことだけど。

身体の変化——感度と朝立ち

50日間で、明らかな身体の変化があった。

まず、ペニスの感度が上がった。下着に擦れたり、自分で触れたりしたときに、すごく気持ちがいい。以前はポルノ的なイメージがなければ何も感じなかったのに、今は純粋な身体刺激だけで快感を得られるようになっている。

そして、朝立ちがほぼ毎日起きるようになった。ポルノ断ちをするまで、思春期を過ぎて以降、朝立ちはほとんどない珍しい現象だった。それが今は毎朝のように起きている。

ただ、起床後すぐに朝立ちはなくなる。思春期のころは朝立ちがなかなか治らなくて、トイレをするのも困ったことがある。今はそこまではなっていない。そして、朝立ちの後、日中起きている間はほぼ勃起しない。これが年齢による思春期との生理学的な違いなのか、それともまだ僕が回復の途上なのかはわからない。

ちなみに、射精を全くしない状態が続いた場合、夢精をする人としない人がいるらしい。僕は50日間射精していないが、夢精もしていない

夢精をしたことがない僕にとって、ポルノ断ちで起こる一つの変化として楽しみにしていたので、これは残念なことだけれど今後に期待する。

39日目の体験——身体と脳の分離

2026年1月2日、ポルノ断ちから39日目に、重要な体験があったので記載する。

昼頃、ふいに下着とペニスが擦れる感覚に気づいて、それがすごく気持ちいいと感じた。前述したように、この頃にはペニスの感度が明らかに上がっていた。

あまりに気持ちいいし、勃起しているので、触ってみたくなった。ただし、ポルノ的なイメージは抱かないようにしなければならない。

どうしようか、と悩んだ末、「トイレは出たら電気を消すこと」という張り紙を見つめながら、何のイメージも抱かずにペニスに触れてみることにした。

すると、イメージは抱かないようにしているのに、刺激に応じてポルノ的なイメージが浮かんできた。

慌てて、そのイメージを消すが、ペニスに刺激を与えるたびにイメージが湧き上がってくるので、性とはできるだけ離れた光景——たとえば祖父母の笑顔——を頭に思い浮かべて打ち消そうとしたりもした。

あとしばらく続ければ射精するだろうという感覚があったので、そこで刺激をやめた。

気づいたことは2つあった。

1つは刺激誘発性に、性的なイメージが思い浮かんでしまう状態にまだ自分があって、刺激を純粋に刺激のまま、イメージなしに自然に楽しめる状態には至っていないということ。

もう一つは、そのような湧き上がる性的なイメージを打ち消しても、あるいはそのイメージを祖父母の顔で上書きしても、ペニスへの刺激があれば、確かな快感を感じるということ。脳のイメージと、身体が感じる快感が、分離していること。

この体験は、ポルノ断ちが目指している「脳依存の勃起から身体刺激誘発の勃起への切り替え」が着実に進み、しかしまだ不完全な状態にあることを表しているのではないかと思う。

50日目時点の状態

50日目時点では、ほとんどの時間をフラットに過ごしている

性的なことのことも、ペニスを触ると気持ちいいということも、考えないまま1日が終わることが多い。自慰行為をしたいという欲望も起こらない。

朝立ちはしているが、その他のタイミングでは勃起はほとんどしない。

これは「性欲がなくなった」ということではないと思う。むしろ、ポルノによって人工的に作り出されていた「偽の性欲」——常に刺激を求め、常に興奮を追い求める状態——から解放されつつあるのではないかと思う。

パートナーがいる場合の注意

僕は定期的にセックスする相手がいないので困らなかったが、もしパートナーがいる状態で本気でポルノ断ちをしようとするなら、数週間は性行為が困難になる可能性があることを覚悟した方がいい

とくにポルノ断ちをしたいと思うほどポルノ慣れした脳の持ち主なら、ポルノイメージなしの身体刺激のみでの勃起は、最初は不可能だろう。

例えば、あなたが異性愛者で、男にペニスを触られても絶対に勃起しないと確信しているなら、ポルノ断ちをするとしばらく勃起しなくなると思う。

その状態で、無理に勃起しようと頑張ると、脳内で性的なイメージを思い描かねばならなくなり、ポルノ断ちが不能になる。

50日が経過した時点では、僕はイメージなしでも刺激があれば勃起ができるようになっている。同じペースでいくなら50日みておけば大丈夫だろう。

具体的に何日目からこういう純粋な身体刺激性の勃起が出てきたのかは分からないが、39日目のエピソードを見る限り、その時点では起きていたと思う。

パートナーがいる人は、事前にパートナーとの相談が必要だろう。


なぜ続けるのか

ここまで読んで、「50日間も我慢して大変そうだ」と思った人もいるかもしれない。

でも実際には、現状にはかなり満足している

ポルノを見ることも、自慰行為を行うこと(ペニスに実験的に刺激を与えることはあるが、のめり込むような自慰行為はない)も、射精することもないが、それを強く我慢しているわけではない。

もちろん、衝動を受け流す必要があるという意味で自制はしている。脳は衝動がきた時に、放っておけばそれを考えてしまう状態では今もあるから。

ただ、衝動自体の頻度や強さは以前と比べてだいぶ弱くなったし、発作は32日目以降起きていないから、我慢も最初の頃と比べるとだいぶ無くなってはいると思う。

そして、その必要な自制以上に、得られる満足、生活の質の向上がある。ポルノに関連した虚無感や疲労感を感じることはなくなったし、ポルノに使われていたエネルギーを別の有意義な活動に使えているという感覚がある。

だから、神様がやってきて「以前の状態に戻ってポルノを見ても、君が抱えるポルノ依存的な悩みは全部無いようにしてあげるよ」と言われたとしても、少なくとも「見たい!お願いします!」とはならない。ただ、胸をはって100%ノーかと言われると、それは自信がないけれど。

確実に言えるのは、現状に満足していること、やって良かったと思っていること、前の生活に戻ろうとは思わないこと。100日とは言わず、今後も永続的にポルノ断ちは続けるつもりでいる。


100日後に期待すること

最後に、次の50日間で何を期待しているかを書いておきたい。

日常生活では、もっともっと衝動がなくなること。 性的なイメージがやってくる頻度や強度がさらに下がること。

性的なイメージを含む作品を見ても、大丈夫になること。 先ほど話したような、『ジャガーン』などの性的なイメージを含む作品を見て「うわー、発作が起きたらどうしよう」と思わなくて済む状態に脳が変化すること。

自慰行為について 現状でもイメージなしで自慰行為を遂行することは、39日目のようにやろうと思えば可能なことだとは思う。

ただ、今はペニスが刺激されると、どうしても性的なイメージが湧き上がってきてしまう。そのイメージを抑えながらでないと、ポルノ断ちでの自慰行為にならない。

ペニスに刺激を与えてもイメージが生まれないような、純粋にイメージなしの刺激を楽しむだけの状態に脳が変化するまでは、自慰行為は控えようと思う。

また、朝立ちだけでなく、日中にもイメージとは関係のない勃起が訪れるようになるまでは、身体の準備も万端とは言えないのではないかと思う。

セックスについて 適切なパートナーがいないので保留。また、どうセックスするのが最も良い方法なのかについても、考察と実践が必要なところだろうと思う。

まとめ

ポルノ断ちとは、ポルノを見ることだけでなく、頭の中で性的なイメージを思い浮かべることも含めて断つ行為だ。自慰行為そのものを禁じる「オナ禁」とは異なるアプローチであり、脳の報酬系——特にドーパミン駆動のサイクル——をリセットすることを目的としている。

ポルノ依存的な脳は、過剰なドーパミンの期待値に慣れてしまい、現実の親密さから得られるオキシトシンやエンドルフィンの微細な感覚を受け取れなくなっている可能性がある。「賢者モード」と呼ばれる射精後の虚無感は、この不均衡の現れかもしれない。

ポルノ断ちを成功させる鍵は、発作を「我慢する」ことではなく、そもそも起こさないようにすることだ。「衝動」とは「ポルノを見たい」という一過性の欲求であり、「発作」とはその衝動が連続的に襲ってくる脳の状態の変容を指す。発作を防ぐためには、ポルノを見ない・イメージしないことを徹底し、スマホの使い方を見直し、ストレスや疲労を溜め込まず、孤独な時間を減らすといった環境整備が重要になる。

それでも発作は起きる。発作が来たら、一人でいることを避け、別のことに意識を向け、「必ずおさまる」という事実を支えにしてやり過ごす

50日間のポルノ断ちを通じて、僕は発作を数回経験しながらも、ほとんどの時間をフラットに過ごすことができた。ペニスの感度が上がり、朝立ちが毎日起きるようになった。 39日目には、身体の快感と脳のイメージが分離しているという感覚を体験した。

そして何より、ポルノ断ちを続けることで得られる満足は、必要な自制を上回っている。虚無感や疲労感から解放され、エネルギーを有意義な活動に使えている実感がある。前の生活に戻ろうとは思わない。

今後も続けていこうと思う。100日後にまた報告する。


もしこの記事を読んでポルノ断ちを始めようという人、あるいはすでに取り組んでいる人がいたら、ぜひ経験を教えてください。困っていること、うまくいったこと、僕とは違う体験…何でもいいです。

僕の経験は一つのサンプルに過ぎないので、ポルノ断ちではもっと一般にどのような経験が生じるのか、ここに書いた方法論はどこまで一般化できるのか、他にもっと良いやり方があるのか、それがなぜ効くのか等を個人的に知りたい、という興味もあります。

そして、「記録をつけること」の重要性について書きましたが、その記録を誰かと共有することも効果があるのではないかと思います。

そのような場所として、QP(QuitPorn)研究会というDiscordサーバーを作ってみました。海外ではこのようなコミュニティがあるようですが、日本では少ないのではと思います。

ぜひ気軽に参加してください👇

https://discord.gg/bdQ6Bd38